日本運動器科学会における
事業活動の利益相反(COI)に関する指針
序 文
日本運動器科学会の前身である日本理学診療医学会は 1988 年 12 月に日本医大白井康正教授の議長のもと発起人集会が開催された。2009 年からは、日本整形外科学会のロコモティブシンドロームの提唱に呼応して、超高齢社会の重要な健康課題の一つである運動器疾患に起因する要介護状態の早期発見、予防、治療、管理に関する学術活動、研究支援への取り組みを強化した。時代の流れに対応して学会活動の発展を図る中、我々の視界は運動器リハビリテーションを越え、運動器の健康へと拡がり、2011 年には学会名を日本運動器科学会へと改めるに至った。
産学連携による臨床研究では,学術的・倫理的責任を果たすことによって得られる成果は社会へ還元(公的利益)される。一方、産学連携による臨床研究が盛んになればなるほど、公的な存在である大学や研究機関、学会等が特定の企業の活動に関与することになり、その結果、教育・研究・広報・指導といった学術機関としての責任と、産学連携活動に伴い生じる個人が得る利益とが衝突・相反する状態が必然的、不可避的に発生する。これら 2 つの利益が研究者個人の中に生じる状態を利益相反(conflict of interest:COI)と呼ぶ。この利益相反状態を適切に管理していくことが、産学連携活動を適切に推進する上で乗り越えねばならない重要な課題となっている。
また、他の領域の産学連携研究とは異なり、臨床研究の対象・被験者として患者、健常人などの参加が不可欠である。臨床研究に携わる者にとって、資金及び利益提供者となる企業組織、団体などとの利益相反状態が深刻になればなるほど、被験者の人権や生命の安全・安心が損なわれることが起こりうる。また研究の方法、データの解析、結果の解釈が歪められる恐れも生じる。また、適切な研究成果であるにもかかわらず、公正な評価がなされないことも起こりうる。
過去の集積事例の多くを検証すると、産学連携に伴う利益相反状態そのものに問題があったのではなく、それを適切にマネージメントしていなかったことに問題があるとの指摘がなされている。欧米では,多くの学会が産学連携による臨床研究の適正な推進や,学会発表での公明性を確保するために,臨床研究にかかる利益相反指針を策定している。運動器疾患の予防・診断・治療法に関する研究・開発活動は近年,積極的に展開されており,本邦における利益相反指針の策定は急務とされている。日本運動器科学会の事業実施においても会員に対して利益相反に関する指針を明確に示し,産学連携による重要な研究・開発の公正さを確保した上で,臨床研究を積極的に推進することが重要である。
I. 指針策定の目的
すでに,「ヘルシンキ宣言」や,本邦で定められた「臨床研究に関する倫理指針(厚生労働省, 2008 年度改正)」および「疫学研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省,2008 年改正) において述べられているが,臨床研究は,他の学術分野の研究と大きく異なり,研究対象が人間であることから,被験者の人権・生命を守り,安全に実施することに格別な配慮が求められる。
日本運動器科学会は,その活動において社会的責任と高度な倫理性が要求されていることに鑑み,「日本運動器科学会における事業活動の利益相反(COI)に関する指針」(以下,本指針と略す)を策定する。本指針の目的は,日本運動器科学会が会員の利益相反状態を適切に管理することにより,研究結果の発表やそれらの普及,啓発を,中立性と公明性を維持した状態で適正に推進させ,運動器疾患の予防・診断・治療の進歩に貢献することにより社会的責務を果たすことにある。
本指針では,日本運動器科学会会員に対して利益相反についての基本的な考えを示し,日本運動器科学会が行う事業に参画したり、発表するにあたり,自らの利益相反状態を適切に自己申告によって開示し、本指針を遵守することを求める。
II. 対象者
利益相反状態が生じる可能性がある以下の対象者に対し,本指針が適用される。
- ① 日本運動器科学会会員
- ② 日本運動器科学会の役員(理事長、理事、監事)、学術講演会担当責任者(会長等)、各種委員会の委員長、委員会の委員、その他暫定的な小委員会あるいは作業部会で理事長が必要と認める会の委員
- ③ 日本運動器科学会誌(運動器リハビリテーション)に論文を投稿する者
- ④ 日本運動器科学会主催の学術集会などで発表する者
- ⑤ 日本運動器科学会の事務職員
- ⑥ ①-⑤の対象者の配偶者、一親等内の親族、または収入・財産を共有する者
III. 対象となる活動
日本運動器科学会が関わるすべての事業における活動に対して,本指針を適用する。特に,以下のように日本運動器科学会の学術集会,シンポジウム及び講演会での発表,および,日本運動器科学会の機関誌(運動器リハビリテーション),論文,図書などでの発表を行う研究者には,運動器疾患の予防・診断・治療に関する臨床研究のすべてに,本指針が遵守されていることが求められる。また日本運動器科学会会員に対して教育的講演を行う場合や,市民に対して公開講座などを行う場合は,社会的影響力が強いことから,その演者には特段の本指針遵守が求められる。
- (1) 学術集会、およびそれに準ずる学術講演会の開催
- (2) 学会機関誌(運動器リハビリテーション)、学術図書の発行
- (3) 研究及び調査の実施
- (4) 研究の奨励及び研究業績の表彰
- (5) 生涯学習活動の推進
- (6) 国内外の関連学術団体との協力
- (7) その他目的を達成するための必要な事業
特に下記の活動を行う場合には、特段の指針遵守が求められる。
- ①本学会が主催する学術講演会での発表
- ②学会機関誌等の刊行物の発表
- ③診療ガイドライン、マニュアルなどの策定
- ④新薬等の市販後特別調査、医療機器等に関する検討・調査
- ⑤市民への啓発活動
IV. 開示・公開すべき事項
対象者は,自身における以下の(1)〜(9)の事項で,細則に定める基準を超える場合には,利益相反の状況を所定の様式に従い,自己申告によって正確な状況を開示する義務を負うものとする。また,対象者は,その配偶者,一親等以内の親族,または収入・財産を共有する者における以下の(1)〜(3)の事項で,細則に定める基準を超える場合には,その正確な状況を学会に申告する義務を負うものとする。なお,自己申告および申告された内容については,申告者本人が責任を持つものとする。具体的な開示・公開方法は,別に細則で定める。
- (1) 企業・法人組織、営利を目的とする団体の役員、顧問職、社員などへの就任
- (2) 企業の株の保有
- (3) 企業・法人組織、営利を目的とする団体からの特許権使用料
- (4) 企業・法人組織、営利を目的とする団体から、会議の出席(発表)に対し、時間・労力に対して支払われた日当(講演料、謝金など)
- (5) 企業・法人組織、営利を目的とする団体がパンフレット等の執筆に対して支払った原稿料
- (6) 企業・法人組織、営利を目的とする団体が提供する臨床研究費(治験、臨床研究費など)
- (7) 企業・法人組織、営利を目的とする団体が提供する研究費(受託研究、共同研究、寄付金など)
- (8) 企業・法人組織、営利を目的とする団体がスポンサーとなる寄附講座
- (9) その他、上記以外の旅費(学会参加など)や贈答品などの受領、客員研究員などの受け入れなど
V. 利益相反状態との関係で回避すべき事項
1) 全ての対象者が回避すべきこと
臨床研究の結果の公表は,薬剤・医療機器の評価、診断ガイドラインの策定等は、純粋に科学的な根拠と判断,あるいは公共の利益に基づいて行われるべきである。日本運動器科学会会員等は,臨床研究の結果とその解釈といった公表内容や、臨床研究での科学的な根拠に基づく診療(診断、治療)ガイドライン・マニュアル等の作成について、その臨床研究の資金提供者・企業の恣意的な意図に影響されてはならず、同時に影響を避けられないような契約を資金提供者と締結してはならない。
2) 臨床研究の試験責任者が回避すべきこと
臨床研究(臨床試験,治験を含む)の計画・実施に決定権を持つ統括責任者(多施設臨床研究における各施設の責任医師は該当しない)は,次の項目に関して重大な利益相反状態にない(依頼者との関係が少ない)と社会的に評価される研究者が選出されるべきであり、また選出後もこれらの利益相反状態となることを回避すべきである。
- ① 臨床研究を依頼する企業の株の保有
- ② 臨床研究の結果から得られる製品・技術の特許料・特許権の獲得
- ③ 臨床研究を依頼する企業や営利を目的とした団体の役員,理事,顧問など(無償の科学的な顧問は除く)
但し,①〜③に該当する研究者であっても,当該臨床研究を計画・実行する上で必要不可欠の人材であり,かつ当該臨床研究が医学的に極めて重要な意義をもつような場合には、その判断と措置の公平性、公共性及び透明性が明確に担保される限り、当該臨床研究の試験責任医師に就任することができる。
VI. 実施方法
1) 会員の責務
会員は臨床研究成果を学術集会や機関誌等で発表する場合,当該研究実施に関わる利益相反状態を本学会の細則に従い、所定の書式で適切に開示する義務を負うものとする。本指針に反する事態が生じた場合には,理事会にて審議し、妥当な措置、方法を講ずる。
2) 役員等の責務
日本運動器科学会の役員(理事長、理事、監事)、委員会委員長は本学会に関わるすべての事業活動に対して重要な役割と責務を担っており、就任する前に本学会が行う事業に関する企業・法人組織、営利を目的とする団体に関わる利益相反状況を所定の書式に従い、自己申告を行なう義務を負うものとする。就任後 1 年ごとに再提出するものとする。自己申告書を理事長に提出し、理事会にて役員の適格性を審議し、理事長から役員候補者あるいは現役員に対して承認・条件付承認・不承認などの決定が伝達される。
また、特定の委員会・作業部会の委員は、当該事業に関わる利益相反状況について同様に自己申告を行なう。就任後、新たに利益相反状態が発生した場合には規定に従い、速やかに修正申告を行なうものとする。
理事会は,役員(理事長・理事・監事)が日本運動器科学会のすべての事業を遂行する上で,深刻な利益相反状態が生じた場合,或いは利益相反の自己申告が不適切と認めた場合,改善措置などを指示することができる。
学術集会会長は,日本運動器科学会で臨床研究成果が発表される場合,その実施が,本指針に沿ったものであることを検証し,本指針に反する演題については発表を差し止めることができる。この場合には,速やかに発表予定者に理由を付してその旨を通知する。なお,これらの対処については理事会で審議し実施する。
編集委員会は,臨床研究成果が日本運動器科学会刊行物などで発表される場合に,その実施が,本指針に沿ったものであることを検証し,本指針に反する場合には掲載を差し止めることができる。この場合,速やかに当該論文投稿者に理由を付してその旨を通知する。 当該論文の掲載後に本指針に反していたことが明らかになった場合は,当該刊行物などに編集委員長名でその由を公知することができる。なお,これらの対処については理事会で審議し実施する。
その他の委員長・委員は,それぞれが関与する学会事業に関して,その実施が,本指針に沿ったものであることを検証し,本指針に反する事態が生じた場合には,速やかに事態の改善策を検討する。なお,これらの対処については理事会で審議し実施する。
3) 理事会の役割
理事会は、会員・役員等が本学会のすべての事業を遂行する上で、重大な利益相反状態が生じた場合、あるいは、利益相反の自己申告が不適切で疑義があると認めた場合、審議し改善措置などを指示することができる。当該会員の利益相反状態を管理するためにヒアリングなどの調査を行い、その結果を理事長に答申する。また日本運動器科学会の役員(理事長、理事、監事)、委員会委員長、編集委員会等の本学会に関わるすべての事業活動に対して重要な役割と責務を負う役職への就任時および1年毎に提出される自己申告書に関して、役員の適格性を審議し、判断結果を理事長に報告する。
4) 学術集会会長等の役割
学術集会会長等の担当責任者は、学術集会で臨床研究の成果が発表される場合には、その実施が本指針に沿ったものであることを検証し、本指針に反する演題については発表を差し止めるなどの措置を講ずることができる。この場合には、速やかに発表予定者に理由を付してその旨を通知する。なお、これらの措置の際に上記担当者責任者は理事会に諮問し、その答申に基づいて改善措置などを指示することができる。
5) 編集委員会の役割
編集委員会は、刊行物で研究成果の原著論文、症例報告、総説、編集記事、及びレターなどが発表される場合、当該著者の利益相反状態が適切に記載されているか否かを確認し、記載が不適切な場合、或いは本指針に反する場合には、掲載を差し止める等の措置を取ることができる。
この場合、速やかに当該論文投稿者に理由を付してその旨を通知する。本指針に違反していることが当該論文掲載後に判明した場合は、当該刊行物等に編集委員長名でその旨を公知することができる。なお、これらの対処については、理事会は審議を経て改善措置などを指示することができる。
6) その他
その他の委員長・委員は、それぞれが関与する学会事業に関して、その実施が本指針に沿ったものであることを検証し、本指針に反する事態が生じた場合には、速やかに事態の改善策を検討する。なお、これらの対処については、理事会は審議を経て改善措置などを指示することができる。
7) 不服の申立
前記1)-7)号により改善の指示や差し止め処置を受けた者は,日本運動器科学会に対し,不服申立をすることができる。日本運動器科学会はこれを受理した場合,理事長は速やかに不服申立審査委員会を設置し、再審議を行い,理事会の協議を経て,その結果を不服申立者に通知する。
VII. 指針違反者への措置と説明責任
1) 指針違反者への措置
日本運動器科学会理事会は,別に定める規則により本指針に違反する行為に関して審議する権限を有し,重大な遵守不履行に該当すると判断した場合には,その遵守不履行の程度に応じて一定期間,次の事項のすべてまたは一部の措置を取ることができる。
- ① 日本運動器科学会が開催するすべての集会での発表の禁止
- ② 日本運動器科学会の刊行物への論文掲載の禁止
- ③ 日本運動器科学会の学術集会の会長・次期会長就任の禁止
- ④ 日本運動器科学会の理事会,委員会,作業部会への参加の禁止
- ⑤ 日本運動器科学会の代議員の資格停止,あるいは代議員になることの禁止
- ⑥ 日本運動器科学会会員の資格停止,あるいは会員になることの禁止
2)不服の申立
被措置者は,日本運動器科学会に対し,不服申立をすることができる。日本運動器科学会の理事長はこれを受理した場合,速やかに不服申立審査委員会を設置し、誠実に再審議を行い,理事会の協議を経て,その結果を被措置者に通知する。
3) 説明責任
日本運動器科学会は,自ら関与する場にて発表された臨床研究成果について,本指針の遵守に重大な違反があると判断した場合,理事会の協議を経て,社会への説明責任を果たさねばならない。
VIII. 細則の制定
日本運動器科学会は,本指針を実際に運用するために必要な細則を制定することができる。
IX. 改正方法
本指針は,社会的影響や産学連携に関する法令の改変などから,個々の事例によって一部に変更が必要となることが予想される。日本運動器科学会は,理事会の決議を経て,本指針を改正することができる。
Ⅹ. 施行日
本指針は平成28年4月1日より施行する。